日本語で読む:「The Present Study」の何が問題か
日本語の論文で「本研究では」を何度繰り返しても、不自然だとは感じません。むしろ、主語をはっきりさせてくれる、丁寧で分かりやすい表現として好まれます。この感覚のまま英語で "the present study" を毎段落で使うと、事情が変わります。文法的には正しいのに、読み手には「同じ言葉を避けられないほど自信がないのだろうか」という印象を与えてしまうことがあります。使えるところは "we" に、三人称を保ちたいところは "this study" に置き換える。これが解決の基本です。
日本語の文章作法では、同じ言葉を繰り返すことで指示対象を明確に保つのが良い書き方とされます。代名詞に置き換えると、かえって「それ」「これ」が何を指すのか曖昧になりやすいからです。一方、英語の文章作法は逆の方向を向いています。同じ名詞句が何度も出てくると、読み手はその語を読み流すようになり、結果として文全体まで読み飛ばされるリスクが高まります。「本研究では」を律儀に "the present study" と訳し続ける行為は、日本語では正しい作法を、英語ではそのまま持ち込んでしまっている状態です。
日本語の科学論文は、多くの場合「私たちは」を主語に立てません。主語を省略するか、「本研究では」「本論文では」のような、行為者を前面に出さない言い方を選びます。これは謙虚さの表れであり、日本語としては自然な文体です。ところが英語の学術文章では、"we found that…" のように "we" を主語にする書き方はごく標準的で、むしろ歯切れの良い、自信のある文として好まれます。「主語に自分を立てる」という、日本語では避けてきた選択を、英語ではあえて取りにいく必要がある。ここが一番のハードルです。
一人称で言い切る。"We found that female gender predicted lower continuation rates." は、ふつうの、自信のある学術英語として読まれます。自分の今回の結果であることを強調したいときは "here" を添えて "Our results here demonstrate…" とし、先行研究と対比したいときは相手側を "previous" や "past" で示せば十分です。
三人称のままでいたいなら "this study"。"This study investigated individual and environmental factors" のように、"the present study" より短く、同じ意味で使えます。ただし、同じ段落に自分の研究以外の研究がもう一つ登場する場合は、"this study" では指示対象があいまいになります。そのときだけは、少し重くても "the present study" を残してください。
生成AIに日本語の原稿全体を英訳させると、「本研究では」に対応する英語表現が、章ごとに"the present study"だったり"this study"だったり"we"だったり"the current research"だったりと、逆にばらついてしまうことがあります。これは、AIが文章の単調さを避けようとして語彙にあえてバリエーションを持たせる傾向と、長い文書全体を通して一つの選択を一貫させる仕組みを必ずしも持っていないことの両方が原因です。日本語の原文が「本研究では」で統一されていたにもかかわらず、英訳では自己言及の表現が段落ごとに変わっている場合、それは読み手にとって「著者が何人かいるのか、それとも一人なのか」を一瞬混乱させる原因になります。AIに訳させた原稿では、この自己言及表現を全文検索し、意図的な使い分け(前述の三人称の例外)以外は統一されているかを確認してください。
語数制限のあるAbstractでは、"the present study demonstrates" を "we show" に変えるだけで、三語分を実際の結果の記述に回せます。日本語の原稿からAbstractだけ先に英訳するときほど、この置き換えを忘れがちなので、Abstractは別枠として見直すとよいでしょう。
原稿内の「本研究では」に対応する英語表現をすべて検索し、一つずつ判断してください。同じ文の中に他の研究が並んでいれば "the present study" のまま。それ以外は、まず "we" を試し、三人称の距離感が必要なら "this study" にしてください。声に出して読んでみて、研究室で実際に話すときの言い方に近ければ、その判断は正しいはずです。
もっとも負担の少ない、正しい語を選ぶという判断は、この一語だけの話ではありません。語彙選択の考え方を扱った動画(英語)では、同じ判断をより広い場面で解説しています。
近似語の使い分けは、Uni-editの英語版書籍「How to Fix Your Academic English and Publish Your Research Faster」の該当章(英語)でも詳しく扱っています。
こうした一文単位の言い換えを任せたい場合は、レベル3の英文校正で、構成・反復・表現をまとめて確認できます。AIに訳させた原稿で自己言及の表現がばらついていないか確認したい場合は、リライト編集のほうが、文書全体を通した一貫性まで見直せます。
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